序文

 

 編著者:ブルース・ダーリング

 

 

 「老人施設の生活の質と芸術の役割」についての本研究プロジェクトでは、ますます高齢化の進む社会で、高齢者の生活の質の向上に芸術をどのように役立てることができるかを研究してきた。ここで言う芸術とは、広義における芸術である。美術館に展示されるような作品にとどまらず、生活の中で普通に使われている美しく有益なものまですべて含めて、芸術ととらえている。このような芸術観は目新しいものではないかもしれない。ウィリアム・モリスは『芸術の目的』(1886)という著書の中で、自然と芸術の役割に対する彼の考えを次のように記している。

 

「私はあなた方に、芸術という言葉を、芸術作品と意識されているそれらの事物を超えて広げることを、絵画と彫刻のみを考慮に入れるのではなく、すべての日用品の色と形をいや、耕作地と牧場の配列や、町やハイウェイの管理さえも含めることを・・・一語でいえば、それを我々の生活におけるすべての外貌の様相にまで拡大することをお頼みしなければならない。」(1)

 

 私達はまず海外視察を行い、高齢者に芸術を振興しているさまざまなタイプの組織や、芸術を活用した高齢者用居住施設を数多く訪ねた。視察やインタビューはアメリカが中心だが、ヨーロッパ諸国やオーストラリアにも足を伸ばした。もちろん日本国内でもさまざまな人に会い、いろいろな場所や組織を訪問した。調査の重点は、高齢者のプログラムに芸術がいかに組み入れられているかということだ。誰がプログラムをデザインするのか、どのようなプログラムがあるのか、成果が上がっているか、上がっているとすればプログラムの管理者や出資者にもそれが正しく伝わっているのか。

 

 芸術の導入に積極的に関わっている人々にインタビューすると、皆一様に、高齢者の生活の質の向上に芸術ほど効果的で役に立つものはないと力説した。芸術の持つ力を実際に自分の目で見てきた人達がそう言うのである。確かに、保健福祉の分野への芸術の導入は、世界的な動きになってきている。高齢者のために働く多くの人がこのことに気づいている一方で、ケアワーカーや一般の人の中には認識不足の人も少なくない。日本を含めどの国でも、こうした認識不足が目に付く。逆に言えば、高齢者の間で芸術の果たす役割は今後まだまだ大きくなる可能性があるということになる。

 

続く各章で、福祉の現場でこの問題にどのように取り組んでいるか、さまざまな実例を幅広く紹介し、また日本で試みられている優れたプロジェクトの可能性を示すとともに、高齢者への芸術プログラムの大切さがどのように記録されつつあるかを述べてみよう。本研究の目的のひとつは、芸術の役割についての知識を広め、すでにこの分野で努力している人々に支援の手を差しのべ、同時に他の人々にもこの大切な仕事に参加を促すことである。福祉の場への芸術導入に全般的に取り組もうとする私達の姿勢を反映して、以下に挙げる論議も幅広いものになった。

 

生活の質や高齢者、芸術に対する客観的な研究として始めたものが、いつのまにかそれ以上のものになってしまったことは注目に値する。このプロジェクトで出会った多くの人達のように、高齢者の生活の質を芸術を通して高めることは私にとっても使命のように思えてきた。現在も続行中の本プロジェクトの開始と共に生まれた使命である。そもそもこの研究に着手したのは、芸術が常に私の生活の大切な一部になっていたため、高齢者の生活にも有益であるに違いないと考えたからであった。ただ、これほどまで有益であるとは思いも寄らなかった。研究の過程で実に多くのことを学んだが、それでもまだ出発点に立ったばかりという気がする。

 

プロジェクトを立ち上げて第一に気づいたのは、いわゆる「老人福祉施設」の視察に研究の範囲を限定するのでは、あまりに狭すぎるということだ。不可能といってもよい。保健福祉施設は外界から隔絶しているわけではない。その時代、土地、文化にしっかり根ざしているのである。従ってどの施設を見るにも、背後にある物理的情況や、自然環境、社会環境にまで目を向ける必要がある。この考え方を「健康福祉環境の生態学的アプローチ」と名付けてもよい。この名称から連想されるのはウィリアム・M・メイスの、ジェームズ・ギブソンの視覚認識への生態学的アプローチに関する論文『ジェームズ・J・ギブソンの認識法:頭の中に何があるかではなく頭が何の中にあるかを問うべし』である(2)。

 

第二に、高齢者の生活向上に貢献したいと願うなら、高齢者とはどんな人達なのかを正しく理解し、加齢の真のイメージを社会全体に伝えなくてはならない。高齢者というと寝たきり老人とか、やっかいもの、お荷物、役立たず、病人、経済的な重荷、障害者といった否定的な文句で形容されがちだが、こんな風潮を一掃する必要がある。今日の高齢者は昔とは比べものにならないほど健康で、裕福で、教育も高い。第二の人生期に対する期待や要求も当然大きい。豊富な経験や知識、知恵を、後輩に伝えたいと願っている。生涯ずっと、いつでも何かにたずさわっていたい、役に立ちたいと願っている。また、何らかの形で仕事を続けたい、復学して新しいことを学びたい、旅行がしたいと思っている高齢者も多い。充実した豊かな人生を送りたいというのが高齢者に共通の思いだ。ひとことで言うと、今日の高齢者は生活の質へのこだわりが強い。つまり、身体の健康と共に精神面の充実への関心が高く、それだけに心身の健康維持に熱心である。従って、高齢者を論じる際は衰退面ではなく、むしろ健康の方に重点を置かねばならない。

 

第三に、幅広い活動を通して保健福祉の現場に芸術を導入しようという動きは今や世界中に広まっている。北欧諸国やイギリス、アメリカ、日本では、高齢者福祉に芸術を取り入れるところが、ここ数年で増えてきた。芸術の世界の幅広さと、担当者の豊かな創造力を反映して、豊富なプログラムが生まれている。絵画、彫刻、陶芸、自分史、詩作、文芸、キルト、折り紙、生け花、園芸、音楽、舞踊、演劇等々、実に多様である。設計士や建築家は、こうしたプログラムがスムーズに行えるような環境作りに苦心する。実際、さまざまな経歴を持った人々がこの新分野に参加している。福祉の分野の専門家もいれば、舞踊や教育、建築、経営などまったく異種の分野の人達もいるが、どの人も高齢者のケアに何らかの個人的体験を持つという点で共通している(3)。

 

第四に、こうした動きは進行しているとはいえ、さまざまな障壁のおかげでその進行ぶりは緩慢になりがちである。障壁の代表的なものは芸術教育の欠如、すなわち芸術の可能性を正しく評価したり認識したりする能力の欠如である。プログラムは素晴らしくても、福祉施設の職員はその一部しか理解していないし、同じく自治体職員や民間施設の経営者も芸術に何ができるかを正しく把握しかねている。芸術導入にたずさわる人達は皆一様に、芸術プログラムの健康や経済面の効果を裏付ける学術的にしっかりした質の高い研究の必要性を訴える。福祉の分野の質の高い研究といえば、「語り」の再評価の意義が正しく認められていない気がする。経済効果に期待する人々は、このような質の高いアプローチの大切さに気づく必要がある。

 

第五に、日本の福祉網(社会の人道主義の度合いを映すもの)は、ヨーロッパとアメリカの中間に位置する。自治体が高額の税金から予算を組んで福祉分野の芸術プログラムを進める北欧諸国には及ばず、アメリカの一部の高級退職村で行われている画期的な芸術アプローチを真似るのは無理だとしても、そうした芸術プログラムの中から社会情況に見合う部分を取り入れることには日本は関心が高いといえる。確かに、日本ですでにこの分野に熱心に取り組んでいる人も少なくない。しかし、このような革新的なプログラムの内容や効果に対する知識や理解は、まだ限られている。関係者は、効果を裏付ける最新の研究を常に把握しておく必要がある。そうすれば、自治体ももっと進んで福祉に予算を組むようになるだろう。住民側でもこれを要求しなくてはならない。

 

研究班のメンバーは、高齢者の生活の質と芸術の役割に関するいくつかの重要な面についてそれぞれのテーマで研究を行った。無敵剛介は東洋医学における「語り」の大切さを論じ、今後さらに論議を呼びそうなこの議題に光を当てた。語りを通して薬や社会科学を分析することの大切さを認識することは、福祉における芸術の役割を広義に受け入れる上で極めて重要であるように思う。患者側に立ったケアの中核を成すものと言ってもよいだろう。

 

常田益代はドイツやスウェーデン、オランダで視察した、芸術が大きな役割を担う高齢者施設について報告する。こうした国々では、芸術や文化が保健福祉に及ぼす効果に関心が高まっていることが分かる。国民には、こうしたプログラムが支える質の高い生活が約束されているようだ。私が「芸術」と呼んでいるものは、ヨーロッパでは「文化」という語で表されることが多い。

 

スティーブン・スナイダーはアメリカでの調査に基づいて、非都市部の芸術療法の非活用実態を都市部での活用実態と比較して論じ、高齢者ケアにおける芸術活用の必要性を訴える。

 

安川緑はオーストラリアとアメリカでの調査に基づき、福祉施設における庭の活用と園芸療法について論じる。近年、医療福祉の分野で自然が果たす役割がますます注目されている。

 

付録では、オランダのユマニタスとアメリカのエデン・オルタナティブでの画期的な高齢者ケアを紹介する。前者については、ユマニタスの責任者ハンス・ベッカー氏の快諾を得て、ユマニタスの理念と「終身型住宅」の紹介文を服部由紀子の和訳で掲載する。後者については清田英壬が英語と日本語で、ウィリアム・トーマスとジュディ・マイヤーズ=トーマスによるエデン・オルタナティブでの高齢者アプローチ─子供や動植物と交流し合える「人間本来の住環境」─を論じる。この二つの団体はある意味では正反対のアプローチを取っているわけだが、両者とも高齢の居住者側に立った理念が根底にあり、日本の高齢者の生活の質向上に大いに参考になると思われる。

 

最後に、私達に知識や経験を惜しみなく分け与え本プロジェクトに協力して下さった高齢者福祉関係の方々に、感謝を捧げたい。お名前を論文中でできるだけ紹介したが、このほかにも多くの方に御協力頂いた。こうした方々の献身ぶりや熱意、使命感に、保健福祉の場において芸術の活用がいかに大切であるかを改めて教えられた。心から感謝申し上げる。