第12章

医療・福祉施設における庭の活用と園芸療法

~オーストラリア、アメリカの事例を中心に~

安川緑 Yasukawa Midori

 

 

氈D本調査の背景と目的

 

人口の高齢化は、先進諸外国の例をみても上昇の一途をたどっている。         Central Intelligence Agency (CIA)の調査によれば、主要先進7ヶ国における2002年の全人口に占める65歳以上の人口割合は、日本が18% 、スペインが17,4%、スウェーデン、ドイツがそれぞれ17%、イギリスが15,8%、ロシアが13%、アメリカ、オーストラリアがそれぞれ12.6%と報告されている1)

 厚生労働省が発表した2000年簡易生命表によれば、日本人の平均寿命は、女性84.6歳、男性77.6歳となっている。全人口に占める老年人口は2,227万人(総人口の17.5%)で、今後ますます増加することが予測されている。このうち、施設や病院で療養生活を送る高齢者数は約122万人、在宅療養高齢者数は約212万人、元気高齢者数は約2,000万人と報告されている2)

 わが国における高齢化の第一の特徴は、他の欧米の先進諸国に比べて、この高齢化社会から高齢社会となるまでの年数が群を抜いて短いことである3)。第二の特徴は、75歳以上の後期高齢者数の増加である。当然のことながら将来的な老人医療費の高騰が予測され4)、国の財政を圧迫する要因となっていることは周知の事実である。

人口の高齢化は人口動態の変化にもつながり、政治・経済、教育、医療・福祉等、社会に与える影響は大きい。

厚生労働省は、こうした高齢化による財政上の負担を軽減することを視野に入れ、先の「ゴールドプラン21」において、支えあう温かな地域づくりを基盤とした高齢者ケアのモデルを提示した5)。2000年4月にはわが国にも介護保険法が導入され、利用者が主体的に介護施設やサービスを選択する時代を迎えた。

しかしながら、高齢者の介護度を改善するための具体案は乏しく、実際のサービスの内容や方法など、国民のニーズに応えるに未だ充分とはいえない現状にある。

近い将来、わが国は国民の4人に1人が65歳以上の高齢者となる超高齢社会を迎えるが、このような現実は、われわれ国民に現在の高齢者ケアを根本から見直し「元気で長生き」することを可能にするための、また、高齢化の急速な変化に対応しうる具体策の提供を迫るものといえよう。

それでは、一体、どのようなケアの方法を用いることがそうした効果を生み出すのであろうか。

筆者らは、過去5年間にわたり高齢者への園芸療法注1)の効果に関する調査・研究を続けてきたが、その研究過程から園芸療法が人々の心身機能や社会的機能に対して効果的に作用し、また、活動の成果としての庭や植物をあつかうことによってもたらされる効果など、独自な効用のあることに気づかされた。

 植物はわれわれ人間の生命を支え、生活を豊かにしてくれる。夏の日差しを遮り、心地よい空間をつくり、人々に思索の機会をも提供する(図-1)。植物によってそのような空間を形づくる庭を医療施設や福祉施設ではどのように位置づけ、また活用しているのであろうか。

 近代看護の創始者とされるナイチンゲールは、「壁を見る代わりに、窓の外を眺めることやベッドに近い窓から差し込む太陽の光で読書ができることなどが患者の回復を促し、身体に与える影響は少なくない」6)と指摘し、病室から見える風景や病院の屋外環境の大切さに触れている。しかし、科学の発達した20世紀以降、先進医療や建築技術の進歩に伴い医療施設では屋内環境に関心が集中する傾向がみられ、病める者に活力を与える庭園の存在意義について着目されることは少なかったようである。

本稿では、医療・福祉施設における庭に焦点化し、庭の活用と園芸療法について、オーストラリア、アメリカの事例を中心に報告する。そして、医療・福祉施設における生活の質(QOL)が庭や園芸療法とどのように関連づけられるか、今後のケアの方向性という視点から考察してみたい。

 

 

.日本の医療・福祉施設における園芸活動や園芸療法の導入に関する現状

 

 松尾らが行なった全国調査7)によれば、2001年現在、農・園芸活動を導入している施設数は、回答のあった9731施設中4690ヶ所(48.2%)と報告されている。そのうち高齢者福祉施設における農・園芸活動の導入施設数は、4701施設中2120ヶ所(45.1%)であった。そのうち、農・園芸活動を治療やリハビリテーションとして位置づけて行なっている施設は39.0%であった。園芸活動を敷地内の庭園で行なっている施設は約30%程度で、花壇やプランターを活用している施設が多かった。

園芸活動の導入目的の上位5位は、「ストレス解消」(75.0%)、「栽培の楽しさを味わう」(75.0%)、「収穫の喜びを味わう」(64.5%)、「生きがいづくり」(56.1%)、「リハビリテーションに活用」(51.1%)であった。特に高齢者施設の場合、「生きがいづくり」「リハビリテーションに活用」の割合が高いという特徴がみられた。

園芸療法に関連した質問では、園芸療法の理解度については、「よく理解している、または、ある程度理解している」が32.9%、「園芸療法に取り組んでいる、または、計画中である」が17.1%であった。講習会などへの参加の有無では「参加している」が51.1%と園芸療法への関心の高さを示す結果であり、この点については全体でも55.6%と高率であった。

以上が、わが国の高齢者施設における園芸活動ならびに園芸療法の導入に関する調査結果の概要である。全体的な傾向としてみえてくるのは、施設の敷地内にケアに活用し得るような庭をもつ高齢者施設は少なく、園芸療法に対する関心の程度は高いが園芸を入所者の治療や生活の活性化に役立てるまでには至っていない現状である。

 

 

。.オーストラリアの高齢者施設におけるケアの特色と庭の活用

 

南半球に位置する大陸国オーストラリアは、1988年に建国200年を迎えたばかりの新しい国である。日本の21倍もの国土に1,600万人ほどの人が暮らしている。65歳以上の人口比率の推移は、1940年代後半に7%を超えて高齢化社会に突入し、その後は比較的ゆるやかに推移して1990年代にはわが国とほぼ同じ12%に達している8)

オーストラリアの虚弱老人に対するケアは、1985年に在宅地域ケア事業:HACC(Home and Community Care program)が施行されて以降、施設収容から地域ケアへとダイナミックな転換を遂げるに至った。虚弱老人も可能な限り住み慣れた地域で暮らすことが生活の質(QOL)の向上につながるとの理念から、地域での支援体制を法的に保証し不必要な施設入所をなくすというのが、その趣旨である9)

他方、オーストラリアの高齢者施設におけるケアは、1954年に政府が「高齢者居住法」を制定したのを機に、住宅を所有していない高齢者のたちの住居確保を目的として進められた。特に非営利団体(教会などの慈善団体が主)による高齢者ケアは、運営資金の大半を寄付金に頼りながら着実に発展してきた。また、1966年からナーシングホームを対象に連邦政府の援助が保証されることになったため、この分野の民間営利団体の参入が進んだこともあり、現在も公的機関の運営に比して、非営利・営利の民間団体による運営の割合が大きくなっている9)

筆者は2002年2月に、約1週間の日程で、下記のような高齢者ケア関連の施設を訪問調査した。これらの施設は、いずれもバプテスト教会が母体となって「バプテスト・コミュニティ・サービス」が運営する施設である。

 

   Kularoo Gardens Aged Care(2月18日)

90 Kularoo Drive Forster NSW 2428

   Mid North Coast Area Health Service (2月18日)

6262 Gosford West, NSW 2250

・ Morven Gardens Laura(2月20日)

     157 Balaclava Road, Marsfield, NSW 2122

・ Aminya Center for Aged Care(2月21日)

    Goolgung Avenue, Baulkham Hills, NSW 2153

・ Aged Care Research & Education Services(2月21日)

    6262 Gosford West NSW 2250

・ Orana Nursing Home(2月22日)

     193-201 Brisbane Water Drive Point Clare NSW 2250

 

最初に訪問したKularoo Gardens Aged Careは、最近、日本でも導入されつつあるユニットケア方式により運営されている定員64名の高齢者施設である。管理棟のほかに大きく4つのグループリビングが設置され、それぞれ2つの生活群に分けられている。施設の中央部分には食堂やアクティビティに活用されるトライアングル・エリアと呼ばれる共有スペースが位置している(図。-1)。

 各生活群の建物の中央には、それぞれコートヤード(中庭)が設置されており、廊下に出ると屋外の緑が目に入るようになっている。そこにはテーブルとイスが置かれ植物の世話ができるような環境が用意されていた(図。-2)。また、共有スペースの廊下から屋外へのアプローチはポーチ式の庇のある出口から可能で、南半球特有の植物が生い茂った庭には散歩のための園路が設置されていた(図。-3)。

 なおこの施設はエデン・オールタナティブの理念に基づき、施設内で猫、鳥、熱帯魚などの動物たちが飼われ(図。-4)、自然との共生という生活スタイルが取り入れていた。そこには、施設生活につきものの、あらゆる制限や孤独から高齢者を解放しようとする意図が汲みとれる。

施設長のジュリー・スパイサー氏は、エデン・オールタナティブを導入し施設の変革を試みた際、もっとも重点を置いたこととしてスタッフ教育を挙げ、ケアの向上には、まず優れた人づくりが大切となることを強調する。今後はさらに、施設に隣接して地域のこどもたちも利用できる庭を計画し、世代間交流を進めていきたい考えだ。

「こうした施設ケアでは日常生活を重視した包括的ケアの可能性を追求できることが何よりおもしろい」と語るスパイサー氏の表情には自信が満ち溢れ、オージー・ナースのすばらしさを感じるとともに、多くのことを学んだ気がした。

 

次に訪問したMid North Coast Area Health Serviceは、64名の地域在住の患者をサポートし、さまざまなケアサービスを提供する地域ケアの拠点である(図。-5)。メインエントランスのドアを開けると受け付けコーナーがあり、フロアには観葉植物がセンスよく配置され、採光、照明の工夫や壁、廊下などの色調も統一感のあるデザインとなっていた。壁面の掲示の仕方ひとつ取り挙げてもポスター等のデザインを活かすよう工夫がなされており(図。-6)、心地良い空間設計というものの大切さをあらためて感じさせられた。

このほかにも独立した数棟の建物が敷地内にあったが、地域ケアサービスを提供するための重要な場としてそれぞれが機能しているとのことだった。その日は、アクティビティルームでクリケットが行なわれており、館内は参加者たちの歓声でにぎわっていた。

 

3番目に訪問したMorven Gardens Laura は、シドニーから約2時間の緑豊かな郊外に位置する60名定員の高齢者施設である。全体では5ユニット、12名が1ユニットに暮らしており、施設設備・仕様の高級感とともにサービスの質の高さが伺える施設であった。各居室の廊下の壁面には入居者個々が選んだ絵画などが飾られ、個性を重視したサービスとして室内環境を充実させるのに一役買っていた。

この施設の心地よさの第一は、建物が手入れの行き届いた庭にぐるりと囲まれていることであろう。木陰となる大木や空間を仕切る低木など多くの樹木が勢いよく育ち、どこから眺めても花や緑が広がる風景はうらやましい限りである。(図。-7)。庭には曲がりくねった園路、植樹のトンネルなど変化のある楽しい散歩ができるよう工夫されていた。

また、室内にいても屋外環境との接点をできるだけもつことが可能なようにとの配慮から、共有スペースには一面ガラスのサンルームなども設置されるなど、この施設では自然を人間の生活に積極的に取り入れようとする努力がなされており、屋外との一体感をつくり出していた。

 しばらく廊下を歩いていると、専属の美容師が入所者の要望に応じヘアスタイルをアレンジしていている場面に出会った(図。-8)。また、高齢者がITを活用して情報収集するなど(図。-9)、可能性を拡大することへのサポートもなされていた。毎週金曜日にはパッピーアワーが設けられ、コーヒールームでお茶を飲みながらお互いの交流を深める機会となっているそうである。

訪問したこの日は真夏日であったため庭を散歩する人は誰もいなかったが、ベランダに出て植物の世話をする女性を見かけたので彼女の部屋を訪ねたところ、格調高い家具や置物がそろえられ、思い出の品々とともに、それまでの人生を途切れさせることなく楽しみながら暮らしている様子が伺えた(図。-10)。

 

最終日に訪問したOrana Nursing Homeは、シドニーから南に車で2時間ほどのところに位置する高齢者施設である。そこの敷地内には、ホステル113床、ホーム50床に加えて30軒の独立型住宅が立ち並ぶ。心身の状態や世帯の有無により、自分に合った生活スタイルを選択することになる。

この施設の庭にはユニークな工夫がなされていて目を引いた。例えばベンチの傍にバスストップの表示があって、あたかも街に出た時のような雰囲気をつくり出している。しばらく歩いていくと、庭の中ほどに高さの異なるレイズドベッドが置かれ、植物に簡単に触れることができる(図。-11)。主にハーブが植えられていたが、これらの植物は高齢者の嗅覚や視覚、触覚を刺激し感覚を呼び覚ます役割を果たしていることであろう。写真のような中庭には、どの棟からも出られるようになっており、痴呆症の入所者も自由に出入りさせているという。

また、別の場所には小高い丘のような緑地が造られた中庭があり、マンゴーフルーツなどの果樹が植木鉢で栽培されていた。レイズドベッドが3基設置され入所者の園芸活動に使用しているとのことであった。20脚ほどのイスの上には強い日差しを遮断する大きなタープが高く張られており、屋外活動に対する配慮が感じられた(図。-12)。

この施設では、2名のアクティビティ・セラピスト(週4日間)と3名のアシスタント(週3日)、それに2名のボランティアがアクティビティケアに携わっている。そのうち週1回、園芸が行なわれているとのことであった。

 

以上が今回訪問したオーストラリアの高齢者施設における概要である。それらの施設は主にシドニー郊外に位置しており、その気候条件の良さからか、屋外環境を積極的に日常生活に取り入れ活性化しようと努めていることが特徴として挙げられる。

オーストラリアではダイバージョナル・セラピスト(気晴らし療法士)の資格制度を設けるなど、特にアクティビティケアには力を入れている。今回訪問した施設でも有資格者を複数名雇用し入所者の生活活性化に対するケアの充実が図られていた。しかし園芸活動もダイバージョナル・セラピーのひとつのメニューとして位置づけられている場合が殆どであり、特に「園芸療法」として意識して実施されていないというのがオーストラリアの現状のようである。

 

 

「.アメリカの医療・福祉施設における庭の活用と園芸療法

 

 北米大陸の約2分の1を占めるアメリカは前述のオーストラリア同様に、建国200年のまだ若い国である。しかし、いまや強大な資金力と技術力をバックに、医療、福祉、経済、教育など多くの分野で世界をリードする大国へと著しい成長を遂げてきた。

 総人口約2億5千万人のうち、2000年現在で高齢者数は240万人、総人口の12,3%を占めている。これまでの高齢者人口比率の推移は、1950年代に8%、1990年代に11.2%で、日本ともオーストラリアともほぼ同様な速度で推移していることがわかる11)

ベビーブーマー世代が65歳を迎える2010年以降、高齢者人口は急速に膨れ上がり、2030年には約6500万人にも達することが予測されている。シニアビジネスの分野ではいち早く高齢者の経済的豊かさに着目し市場の開拓に余念がないというのも、いかにもアメリカらしい話しと言えよう12)

ますます拍車のかかるわが国の高齢化の問題に対し、国はできるだけ民間活力を高め国の財政を圧迫しないための方策を模索しているが、豊かな老年期を迎えるためのヒントをアメリカの医療・福祉施設の現状から学ぶことも多いのではなかろうか。

オーストラリアの高齢者施設の調査から帰国して約2週間後、筆者は真夏のオーストラリアから寒さの残る北米に降り立ち、下記のような施設を訪問・調査した。

 

   University of Wisconsin Milwaukee (3月6日)

   413 Milwaukee, WI 53201-0413 

   Lakewood Health & Rehabilitation Center(3月6日)

     2115 East Woodstock Place Milwaukee WI 53202

   Chicago Botanic Garden(3月7日)

    1000 Lake Cook Road, Gglencoe , IL 60222 

   Rusk Institute Rehabilitation Center(3月11日)

     400 East 34th Street New York NY 10016

・ Meadow Lakes(3月12日)        

     Route70, Medford, NJ 8055

・ Kennedy Gerontology Center(3月12日)        

     30 East Laurel Road Stratfoad, NJ 08084

・ Hearthstone Alzheimer Care Center(3月14日)  

     45Christys Place Brockton, MA 02301

・ Hebrew Rehabilitation Center for Aged(3月15日)                             

    1200 Center Street Boston, MA 02131-8910

・ Legacy Good Samaritan Hospital & Medical Center(3月18日)

    1015 N.W. 22nd Avenue Portland, Oregon 97210

・ Legacy Emanuel Childrens Hospital(3月18日)                             

    2801 N Gantenbein Avenue Portland, OR 97227

・ St. Aidans Place(3月18日)                                          

    17309 N.E. Glisan Street Portland, Oregon 97230-6412

   Elite Care(3月19日)                                       

    444 SE Oatfield Hill Rd. Milwaukie, OR 97267

 

 

アメリカでの調査に先立ち、痴呆性高齢者のための環境デザインに詳しいウィスコンシン大学のジェラルド・ワイズマン博士とユリエル・コーヘン博士の研究室を訪ねた。

両氏は現在、エデン・オールタナティブの理念に基づいたケア施設で研究・調査を進めており、そうしたケアの実現に、いかにデザインという立場からアプローチするかという新たな課題に取り組んでいる。エデン・オールタナティブでは老年期において退屈、失望、孤独の解消が特に重要であるとし、異世代との交流や動物、植物との共存をとおして意味のある人生を過ごし、高齢者自らがエンパワーされることを目的としている。

今回、両教授からは「施設ケアの効果をみるためには、そこでまず何が起きているかに着目すべきであること」(Weisman)や、「これからの施設では自分たちで選択した少人数のグループづくりが可能な環境を提供することが大切であること」(Cohen)など、高齢者ケアに必要なハードウェアの整備に関して多くのことを学ばせていただいた。

 

午後から、大学に程近い場所にエデン・オールタナティブの理念を実践している施設があるというのでさっそく訪問してみた。Lakewood Health & Rehabilitation Centerは、170床のナーシングホームである。建物自体は古く旧式な印象はあったが、1997年から取り入れたエデン・オールタナティブの思想を反映して、施設内には犬や鳥などが放し飼いにされ、高齢者とともに暮らしていた(図「-1)この施設には3名のアクティビティケア担当者がいて、従来のような楽しむだけのものではなく意味をもった活動を心がけているという。

なお戸外は雪が積もったままであり庭を確認することは出来なかったが、オーナーのデビー・V・ストラテン(図「-2)は、自分が住む施設の中に庭があるというようなことは、自信や誇りにつながると指摘していた。

 

次に、アメリカにおける園芸療法の中心的役割を果たし、またアメリカ有数の植物園でもあるChicago Botanic Gardenを訪ねた。

 主にEnabling Garden(図「-3)について、園芸療法士であるジーン・ロサート氏から詳細な説明を受けた。

 Chicago Botanic Gardenには2名の常勤の園芸療法士がおり、ロサート氏はそのうちのひとりである。シーズンごとに4名の園芸療法士を非常勤として雇用し、それに約50名のボランティアスタッフが参加して運営されている。

 園芸療法の効果は実施する場、つまり庭や屋内空間に影響される部分が大きい。ここではレイズドベッドのエッジの幅が腰掛け用と車イス用では異なった寸法にするなど、日常生活のほとんどを車イスで過ごすロサート氏自らの体験を庭の設計に反映させているという。ウォール・ガーデンも車イス使用者が活用しやすい高さに設計されており(図「-4)、誰もが利用できるアクセシブルな仕様となっていた。

また、全体としての場の調和も大切であることから、物置でさえ周囲の雰囲気を壊すことのないよう重厚な扉で設えられており、完成度の高いデザインとなっていた(図「-5)。夏場は見せるガーデンとしての役割も果たしており、花や緑に彩られた庭には一般の見学者も多数訪れるという。なお、イネーブリング・ガーデンでは建築家や造園家に対し園芸療法に関する理解を深めるためのプレゼンテーションを行うなど、ハード面の充実にも余念のないことがうかがえた。

 今回、ロサート氏とお会いして施設との契約の仕方やプログラム立案の手順、サービス内容など実にさまざまな情報を得たが、園芸療法士の役割として庭の設計が重要な部分を占めていることや経営面におけるスーパーバイザーとしての役割があるなど、今後の日本における人材育成に関しても貴重な示唆が得られたことに感謝している。

 

次に、Rusk Institute Rehabilitation Centerの園芸療法について報告する。

 Rusk Institute Rehabilitation Centerはメディカルセンターに付設されたリハビリテーション施設として病院内で重要な位置を占めている。そこでは1959年にリハビリテーションプログラムの中に園芸療法が取り入れられた(Lewis,1976)。

 施設内には、グリーンハウスと呼ばれる温室が中心に位置し、そこには各国の植物が取り揃えられ、植物園のように楽しい空間となっている。園芸療法士として活躍するナンシー・チャンバース氏(図「-6)の説明によれば、ニューヨークは世界中の国の人々が集まる場所であり、そうした土地柄を加味して入院患者が自国を思い出し意欲を引き出すことにつながるようさまざまな国の植物をディスプレイしているのだという(図「-7)。グリーンハウスには家族と一緒に立ち寄る患者も多く、家族との語らいの場としても活用されている。市民に開放された植物園的な機能をもたせている点は、前述のChicago Botanic Gardenと共通する部分と言える。

そのグリーンハウスの入り口から向かって左側に、一面ガラス張りに設えた園芸療法用のスペースがある。ちょうど2回目のセッションが開始されるところで、中央に直径2メーター程度のテーブルを6名の患者が囲んでいた。苗の移植作業を行なうのだそうだ(図「-8)。

ここでは園芸療法士の有資格者はチャンバース氏ひとりであるが、他にメンテナンスを担当する常勤職員が3名とパートタイム8名が雇用されている。実際の園芸療法はチャンバース氏とともに研修生やボランティアスタッフ(30名以上)などが交替で参加して、月曜日から金曜日まで毎日4回のセッションが行われている。1回の対象者数は6~7名で各回とも1時間程度となっている。また、週一回はレクレーション・セラピーとして家族と一緒に参加できるプログラムを用意し、家族同士のつながりを深め心理的なサポートに寄与しているという。一方、園芸療法の主な利用者はリハビリテーションセンターの患者であるが、外部からの利用者に対しても政府から補助金が支給されるなど、多くの人々がこうしたケアサービスを利用できるシステムが整備されているそうである。

チャンバース氏はこのほかにもアウトリーチとしてホームレスの人々に対するサービスも提供している。そうした地道で精力的なボランティア活動も含め、彼女が園芸療法の普及にいかに尽力しているかは想像に難くない。

敷地内にはグリーンハウス以外にアウトドア・ガーデンが2ヶ所ある。ひとつのガーデンは数個のレイズドベッドが設置されてはいるものの、一日のうち1時間程度しか光がささない場所にあるためほとんど使用されていないという。もうひとつは日当たりのよい道路側に設置されたこども用ガーデンである。このガーデンは入院患児と外部のこどもたちとの交流の場としても活用されている。庭には砂場や遊具のほか家の形をしたボードにドアを開けると種類の異なる鍵が取り付けられていて手指の訓練に活用できるようなものなど、こどもたちが楽しみながら心身の機能を改善あるいは向上できる工夫がなされている(図「-9)。

チャンバース氏によれば、園芸療法を継続して行なうためにはさまざまな努力が必要であるという。第一に資金確保であるが、ここでは年間約5,000万円の寄付金を集めている。次に人材の活用であるが、ボランティアスタッフの中には知的障害者や高齢者なども含まれており(図「-10)、スタッフの資質を見極めて個人に適した役割を与えることが大切だと語ってくれた。  

一方、アメリカの園芸療法士は有資格者が約500人となっているが、実はそれ以上の増加が期待できない資格制度上の問題があるのだという。チャンバース氏自身は作業療法士の資格をもった園芸療法士であるため彼女が実施する園芸療法に対し費用の請求は可能であるが、園芸療法士のみの資格しかもたない者はチャージされないという。つまり、看護師や作業療法士、理学療法士などの資格をもった者が園芸療法に携さわるのでなければ、費用請求できないシステムになっているのである。現在、アメリカでは園芸療法士の資格はアメリカ園芸療法協会(AHTA)が認定しているが、意外なところに大きな問題点のあることに気づかされた。

日本においても、今まさに、園芸療法士の資格制度化やその人材育成という課題に取り組み始めたところであるが、日本における園芸療法士の有用性、将来性などについて十分論議を尽くす必要があると言えよう。

 

次に、Meadow Lakesを訪ねた。

Meadow Lakesはニュ―ヨークから約2時間、ニュージャージー州にある高齢者のためのリタイアメント・ビレッジである(図「-11)。広大な敷地内には老人ホームやアシステッド・リビング、インディペンデント・リビングなどさまざまな施設が立ち並ぶ。庭には3つの池、クリケット用の敷地が3ヶ所あり、プール付きフィットネス・クラブや劇場、レストラン、図書室、銀行や郵便局なども備わっていた。

建物の設計はフランク・ロイド・ライトの弟子が担当したというだけあって、直線を生かしたフォルムはいかにも整然とした印象を与え、廊下に置かれた家具やオブジェとの調和もみごとであった(図「-12)。

個室のドア前の飾りつけは各入居者にまかせられており、個性が自由に発揮された、眺めて楽しい廊下となっていた。また、個室のドアは廊下部分より1メーターほど奥に入っており、一軒ずつ独立した玄関のように造られている(図「-13)。個々の居室にはそれまで使用していた家具や絵画が持ち込まれ、さながら高級ホテルの一室のようであった(図「-14)。

 このほか、廊下から屋外に出る時の出口から見える風景は、いずれも異なるよう設計されていること、また、数ヶ所のコミュニティ・エリアに置かれたピアノは、全て異なるデザインのものであるなど、高級感ただよう設えには溜息が出るほどであった。こうした努力は、入居者にそこが施設であることを忘れさせているのではないかと思うほど生活の質を高度に保った設備仕様である。

 建物を取り囲む庭には広葉樹と針葉樹が織り交ぜられ、どの季節にも緑が保たれ、かつ季節の移ろいを感じることができる庭となっていた。夏になれば色とりどりの花が植えられて華やかさがプラスされるそうである。個々の居室には庭につづくポーチがあり、その先がどこまでなのか、遠くに見える林と一体化して区別できないほどの広大な庭園を眺めて楽しむことも、また、散歩して楽しむこともできる設計になっていた(図「-15)。

ここでのアクティビティはスポーツジムを活用した水泳やフィットネスが中心で、イベント、フォーラムなど文化的なものを企画しているそうである。もちろん園芸を楽しむことも可能で、散策を楽しむ庭園とは別に、建物に隣接したデッキにはレイズドベッドが設置されていた。

入居時に数千万円の一時金を用意し、少なくとも月々18万円の食費を支払えるだけの財力がなければこの施設には入居できないとの説明を受けたが、それも当然と納得するほど、ハード面で特に優れた施設として強く印象に残っている。

 

次にKennedy Gerontology Centerを訪ねた。

この施設は前述のMeadow Lakesほど高級ではないが、広大な敷地内にさまざまな種類のケア施設が建てられ、個人のレベルにあった生活やケアを選択することのできる高齢者施設である。159エーカーの広さを誇る庭には、こどもたちが来て遊べるよう砂場や遊具が設置され、地域に開かれたエリアもあった(図「-16)。

この施設では特に庭の整備に力を入れており、ガーデン・メンテナンスに6名の正職員と8名の非常勤職員を配置している。また、敷地内には本格的な温室(図「-17)やガーデニング専用の建物もあり、書棚には園芸の専門書が並べられていた。

生活棟の一部は6部屋をひとつのユニットとして数ヶ所に点在し、各ユニットの中心には中庭が設置されていた。各庭のデザインや植栽は異なった仕様になっていたが、どの庭にも園路が造られ散歩できるよう設計されていた(図「-18)。

施設運営に携わるランドスケープ・アーキテクトのジャック・カーマン氏は、高齢者施設における庭のもつ意義や意味は大きいと指摘する(図「-19)。例えば、ガーデニングによって新たな役割ができ自主的な活動の機会を与えられることは、生活の質を高めることにつながる。手入れの行き届いた庭は、居住者に精神的なゆとりをもたらしプライドを満たす効果がある。その存在価値は入居待機者が400名を超えていることからもうかがい知ることができるであろう。

なおカーマン氏は、庭のデザインで留意すべき点として、1.自然を活かすこと、2.近づきやすいこと、3.段差がないこと、4.日光反射を防ぐこと、5.活用しやすいこと、6.ガーデンファニチャーの選定(木製で使いやすいもの)、7.見て楽しいこと、8.感覚を刺激する植物の選定などを挙げている。

 

 次に、Bostonの郊外に位置するHearthstone Alzheimer Careを訪ねた。

 Hearthstoneとは暖炉の前の石をさす言葉で、Hearthstoneは我が家にいるような居心地の良さや快適さを象徴するものとなっている(図「-20)。

 この施設の立案・設計者であるジョン・ツァイゼル氏は、痴呆症者のための重要な設計要素として1.痴呆症者がそこで何をすべきなのかを理解するのに役立つようなユニークなソーシャル・スペースを設けること、2.プライバシーを確保できること、3.出口の管理ができていること、4.目的地を理解できる歩行用通路にすること、5.ヒーリング・ガーデンを設けること、6.我が家にいるような居住性を確保すること、7.サポーティブネスな環境であること、8. 理解しやすい環境であること13)を挙げている。

ヒーリング・ガーデン内のレイズドベッドには季節ごとの花が植えられ、入所者たちの視覚、嗅覚などの感覚を刺激するのに役立っているそうである。このヒーリング・ガーデンは痴呆症者の日没幻覚の軽減に役立つこと、また、攻撃的行為が40%も減少したなど、そのようなデータは、庭を有する環境が痴呆症者にとっていかに大切であるかを示すものである。

この施設にはアクティビティ・ディレクターが1名おり、日常生活の中で起こり得るできごと、例えば料理やガーデニングなどを積極的に取り入れているという。私たちが訪問した時には手や足を交互に挙げる軽い運動が行なわれていた(図「-21)。

施設長のタッド・クレランド氏は、「このような施設では生活の場であることを踏まえ、スタッフには生活上のさまざまな仕事を全て入所者とともに行なうことを理解させることやアルツハイマー病について十分理解するための教育が必要である。また入所者とのスキンシップも大切にするよう心がけている。」と、施設における痴呆ケアのポイントを語ってくれた。

最近は日本においても小人数で生活する痴呆性高齢者グループホームが急速に普及しているが、ケアの質はこうしたスタッフ教育に重点がおかれてこそ保たれるものである、と言えよう。

 

 次にBoston市内にあるHebrew Rehabilitation Center for Aged(図「-22)を訪ねた。

 この施設はユダヤ人のために建てられたもので、700床のリハビリテーション病院と21床の老人ホームを有している。NPOが運営するこの施設の職員は1,100名で、ほとんどがユダヤ人以外である。ロシアから移民した人々のためのフロアが設けられ、Dorchester出身者が多いこともあり壁面にはその街並が描かれていた。

 この施設の建物の特徴は病院であることを感じさせない優雅なエントランスに象徴されるように、アーティスティックな要素がいたるところに盛り込まれている点であろう(図「-23)。チャペルの壁面にはステンドグラスが用いられ、透明なアクリル板の一枚ずつに物故者名が刻まれるなど、そこを利用する人々に対する思いやりや畏敬の念を感じた。また、家具やブラインドなどは全て木製品が選ばれ、手入れの行き届いた観葉植物が人々の身近に配置されるなど、自然なものを大切する細やかな心配りがいたるところに反映されていた(図「-24)。

この病院ではイスが置かれたどの場所からも外の景色が眺められるようになっており、中庭には緑に囲まれて休憩できる場所や2メーター四方の大きなレイズドベッドが置かれて、患者たちは戸外に出て植物と親しむことが簡単にできる環境となっていた(図「-25)。

 病院や施設において芸術的な要素が取り入れられた環境であることの利点は、そこで療養生活を送る人々や訪れる人々に安堵感をもたらすのみならず、そこに居ることに誇りを感じ闘病意欲を増す効果のあることをHebrew Rehabilitation Center for Agedから学んだように思う。

 

 次に、PortlandにあるLegacy Health systemsが運営する病院、施設を紹介する。

 最初に訪問したLegacy Good Samaritan Hospital&Medical Centerは病院の各フロアの窓から眺められる庭があるなど、建物と庭との一体感がみごとな病院である(図「-26)。メインエントランスのすぐ横には屋台のような花屋さんがあり(図「-27)、正面には中庭の緑がすぐさま目に入るようになっている。またICU(集中治療室)でも病室を屋上の庭が取り囲むように設計されているため、庭が無機質な室内空間の雰囲気を和らげる役割を果たしていた(図「-28)。

 ここでは1名の園芸療法士に3名の園芸療法専属の庭師、6名の常勤メンテナンス担当者、8名の非常勤メンテナンス担当者と60名程度のボランティアが配置されている。庭の設計には園芸療法士のテレジア・ヘーゼン氏も加わるなど、この病院内における彼女の役割は非常に大きいように感じた。

ヘーゼン氏は病院などにおける庭の役割として、1.家族とのふれあいの場となる、2.他者や動物などと交流する場となる、3.疾病のリハビリテーションや予防に活用できる、4.心地良い時間を過ごす場となる、5.イベントを開催する場となるなどを挙げている。Legacy Health systemsでは治療における庭の役割を高く評価しており、他にはみられないユニークな病院経営が行なわれている。

 Legacy Emanuel Childrens Hospitalでは庭を入院患児の教育に活用していた。病院内に教師の資格を有する者がおり、庭の植物を押花にしてアート的な活用を試みたり、てんとう虫の研究を通してこどもたちにさまざまな事柄を学ばせているそうである。

中庭の中央には緑色の四角いパティオが設置され、庭のあちらこちらにこどもたちが興味を引きそうなオブジェが点在していた(図「-29)。廊下のどの位置からでもこの中庭が眺められるよう窓ガラスで囲まれ、また、廊下のいたるところにベンチが用意されていた(図「-30)。

 午後になって、ダウンタウンから約20H離れた場所にあるSt. Aidans Place(図「-31)に移動し、アルツハイマー病患者への園芸療法を見学した(図「-32)。

 園芸療法は午後2時25分に開始された。デイケア・ルームに集った男性1名、女性8名が丸いテーブルを囲み、それぞれ隣の人と会話している。そこにヘーゼン氏がやってきて「はじまりのあいさつ」。マガジンに掲載されている花の写真を廻しながらヘーゼン氏が「その花が好き?」「その色のチューリップが好き?」「今の季節は?」などの質問をなげかける。次に用意していた植物のポットをひとつずつ回しんがら香りや感触などを確かめていく。ストロベリー、レタス、ガーリック、タマネギの苗を順番に手渡す。途中、歌いだす参加者も。種の入った皿を順番に回し次に種まき用のポットを回す。そして3時25分、約1時間のプログラムは終了した。ここでの園芸療法は、植物に関連したものを見せ直接触れさせることで、視覚、嗅覚、触覚を刺激するという方法がとられていた。

 ヘーゼン氏は1996年からアルツハイマー病患者のためのモデル・ガーデンづくりにオーガナイザーとして参画している。このプロジェクトには6つの組織がパートナー・シップを結び約6,000万円が投資されているという。それというのも、痴呆症者への効果として、庭が果たす役割を評価し大きな期待がかけられている証と言えよう。

 

 最後に訪ねたのはPortland郊外にあるElite Careである。この施設は現在、敷地内に独立した3つの住宅を有し数人ずつの高齢者と介護者(その家族も同居)がともに暮らすアシステッド・リビングである。庭なども含め外構工事はこれからという段階にあった。この施設の特徴はコンピュータによって室温、行動範囲、健康状態などを把握し徹底したケアのIT化を進めている点である。未来型の施設として今後注目されることになるであろうが、この施設のことについては、また稿を改め報告したいと思う。

 

 以上がアメリカの医療・福祉施設における庭の活用や園芸療法に関する調査の概要である。

北米大陸のほぼ中央に位置するWisconsin州から東海岸、西海岸の施設まで大陸を横断するように多くの病院、施設を訪ねたが、アメリカの場合、ケアの質と利潤追求との関連性は大きいと言える。いかに質の高いケアを提供し収益を上げるかは経営者の手腕にかかっている。オーストラリアでは多くの場合、施設長にはケアの専門家である看護師が就いているが、アメリカではマーケティングの専門家がその任にあたっているケースがほとんどである。

どのような建築設計にするか、庭をどう設計するか、庭を活用した園芸療法をどう企画運営するか、それらは経営に結びつくものである。今回のアメリカでの調査をとおして、筆者は経営的視点からあらためて庭のもつ意味や価値を捉えなおし、また、園芸療法を普及する際の経済的効果について考える機会を与えられたように思う。

」.まとめ

 

 本稿では医療・福祉施設における庭に着目し、主に庭の活用と園芸療法についてオーストラリア、アメリカの事例を中心に報告した。

訪問した病院や施設で庭が設置されていないところは見られず、屋内環境と同様に屋外環境の充実にも力を注いでいることがうかがえた。

オーストラリアの場合には気候的に植物の生育条件が良く、積極的に屋外環境を生活の場に取り入れようとする考えが基本的に備わっているように感じた。また、アメリカの場合には病院、施設の治療やケアの一環として園芸療法が位置づけられ、ケアに庭が活用されている事例も多かった。

通常、庭には花や植物が植えられており窓からの眺めを楽しいものにしてくれる。その成長に励まされ癒される患者は少なくない。医療施設のインテリアを専門に手がけるジェイン・マルキン氏は「癒しの環境」で重要となるものは、自然にどれだけ接触できるかということと、どれだけ患者が自分で環境をコントロールできるかである14)と指摘する。限られた環境の中でいかに選択の幅が広げられるかは生活の質に影響を及ぼすと言えよう。

今回の調査を通して、自然とともに在ることを実感でき自分の場所として誇りをもって過ごせるような環境が人間の生活をいかに豊かにするか、また、個人の主体性、可能性を引き出すようなケアの実現に庭を活用したケア環境ならびにそのソフトとなる園芸療法のケアシステムの開発に取り組むことが、いかに意義深いかを実感したような思いである。加えて、人間の生理的機能や心理的機能、行動様式、また高齢者の特性や痴呆症に関する正しい知識や深い洞察が質の高いケアを目指す時の基本として踏まえられ、それが建物や庭などのハードと融合したときに理想的なケアのスタイルが確立されるであろうことを今回の調査から学んだように思う。

マリリン・バレットは「庭は生き方の見本を示してくれます。庭から得られるバランス感覚や健全さ、生き物全てに対するはぐくみの精神は、友人や家族との関係にも生かせますし、コミュニティでも役立つものです。庭いじりをつうじて「地球を癒す」という言葉の意味が理解できるのです」15)と庭の果たす役割を説明しているが、実際、庭は見るものの気持ちを引き立たせ他者との交流の場となり人生や生活を豊かにする。入所者に最大限の生活の質を供給しようと病院や施設に芸術をとりいれるヘブリュー・ホームの理念17)によれば、このような庭も当然のことながらQOLを向上させるための芸術的要素として位置づけられることになろう。

一方、ソフトとなる園芸療法は、「自然との関わりを通じたケア」16)という新たなケアの次元に立脚して、高齢者個々の生活の質(QOL:Quality of Life)の向上を可能にするケア手段としての活用とともに、健康な環境づくりへの意識づけや改善策として、また、療養環境や職場環境の改善17)や地域コミュニティづくりなど、さまざまな場面において活用されることが考えられる。

筆者が園芸療法の効果を検証し続けている理由は、最期までひとりの人間としての可能性を最大限に引き出し、一生を通じた豊かな人生を支援するための新たなるケアの創造に挑戦したいとの思いからである。

今後は、さらに庭の活用という視点を加えて、園芸療法を適用したケアモデルの開発に拍車がかかることを期待したい。

 

最後に、本調査に際し、ご多忙中にもかかわらず多大なご協力を賜ったオーストラリアならびにアメリカの病院や施設、大学関係者の皆様に深謝申し上げます。また、オーストラリアの訪問施設の選定で大変お世話になったニューキャッスル大学アイリーン・ステイン博士にこころから感謝申し上げます。そして、情報の提供ならびに通訳としてご協力くださった清田英壬氏に感謝の意を表します。

 


Yasukawa Photos (By Midori Yasukawa)

注1:園芸療法は、心身の治療、リハビリテーション、(心身)機能の維持・増進、人間的成長、生活の質の向上を目的として行なわれる18)。筆者は園芸療法を「1.治療的介入を必要とするクライアントに対して、2.クライアントの到達目標を明らかにし、3.園芸活動を中心とした個別のプログラムを用意し、4.適切な介入方法を検討して、5.園芸療法士または医療・保健・福祉などの専門家によって実施・評価される一連の福祉的行為」と定義している19)

 

引用文献

1)http//www.odci.gov/cia/publications/factbook/index.html.

2) 厚生省(監修).2000.平成12年版厚生白書.株式会社ぎょうせい.東京.

3)財団法人厚生統計協会.2001.第1編社会福祉の背景.国民の福祉の動向48(12):4-71.東京.

4)前2)

5)厚生労働省(監修).2001.平成13年版厚生労働白書.株式会社ぎょうせい.東京.

6)Nightingale, F.1974.湯槙ます監修.薄井坦子他訳.ナイチンゲール著作集第2巻.現代社.東京.

7)松尾英輔・樋口春三・木島温夫・新見芳ニ・安川緑・吉長元孝.2002.福祉施設、医療施設等における健康法、療法としての園芸の活用に関する調査研究(平成11年度-13年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(1)研究))研究成果報告書.福岡.

8)日本貿易振興会.1995.ジェトロ・ワールドナウ@世界の高齢者たちは今-欧米5カ国の暮らしとサービス-.日本貿易振興会.東京.

9)関根光男.1992.オーストラリアの医療.医学のあゆみ.161(4).

10)前8)

11) 前1)

12)前8)

13)Zeisel, J.1998.アルツハイマーとその住居環境づくり-高齢痴呆症患者のための施設について-.癒しの環境創造.大阪.

14)Jain, Malkin.・神足泰弘.1998.米国における「癒しの環境」づくりの現状.癒しの環境創造.大阪.

15)Marilyn, Barett.桜内篤子(訳).1997.庭づくりへの誘い.晶文社.東京.

16)広井良典.2001.ケア学-越境するケアへ-.医学書院.東京.

17)野田正彰.1997.植物のやさしい語りが生命を実感させる-精神がやすらぐ園芸療法-.Ronza.60-67.

18)松尾英輔.1998.園芸療法を探る-癒しと人間らしさを求めて-.グリーン情報.愛知.

19)安川 緑.2002.高齢者ケアにおける園芸療法の有効性に関する研究-心身機能ならびに社会的機能に及ぼす効果の検証-.九州大学大学院生物資源環境科学府博士論文.<


『老人施設の「生活の質」と芸術の役割』