新第2章

新世代の高齢者

 

 

今日、加齢の様相は随分変わってきたが、これに対する社会の認識、理解は決して十分とは言えない。こうした現状を、まず明確にすることが肝要である。平均寿命及び高齢者の社会に占める割合は、今後も伸び続ける見通しだ。ベビーブーム世代が50代半ばにさしかかった今日、こうした情況を「エージ・ウエーブ」の到来と呼ぶ人もいる。しかし、こうした新世代の高齢者層は、大半が80歳以上まで寿命があるという点で、従来のどの年代層とも様相を異にする。その上、従来の高齢者よりはるかに健康で、裕福で、学識や経験に富み、政治に関心を持ち、社会参加にも生活を楽しむことにも意欲的である。この年代層は、老年期にも質の高い生活を送ることを求め、それを当然と見なしている。長寿革命は、今や世界規模で、影響を与えている。その一方で、ケン・ディクトワルドが「高齢者の不毛地」と名付けた現象をも生みだした。かつて無く健康で豊かな学識や経験を備えた高齢者を、どう扱えばよいのか、いまだ掴み切れていないためだ。[i] 高齢者を型にはまった見方で捉え、時代遅れの社会政策(高齢者差別、停年制度、性差別、心身障害者への差別、人種差別)を実施し続けているせいで、私達はかけがえのない天然資源をみすみす無駄にしているのだ。

社会に於ける高齢者への扱いには、その社会が有する優しさの度合いが反映される。敬老精神のこもった社会福祉政策を決めるには、まず高齢者をどう捉えるかが問題になってくる。残念なことに、いったんある政策が確立すると、その後の評価に応じて、修正や改良、廃止を行うことは、非常に難しい。つまり、本来の目的を果たしていない政策は、無用の長物と化していることになる。誤解や偏見、時代遅れの思いこみに基づいた、時代遅れの社会福祉政策を、無神経に取り続ければ、社会に損失を与えかねない。その一例として、まだ十分社会に貢献できる年齢なのに、強制的に退職させられる停年制度がある。オットー・フォン・ビスマルクが、ドイツに年金制度を敷く下準備として、65才を停年と定めたとき、国民の平均寿命は45才だった。情況が大きく変化した今日、この停年制度は、是非とも見直されるべきだ。このような時代錯誤の政策が依然として存するのも、加齢や高齢者に対する、社会の無神経で否定的な、型にはまった見方のせいである。すなわち、加齢を、衰退、無力、病気、障害、

 

 

 

 

虚弱、痴呆と結びつけ、高齢者を世話の焼ける無力で衰弱した社会的寄生者、経済的負担と見る傾向である。もし加齢するということが本当に上記のようであったら、確かに気が滅入る。ランガーが「否定的で未熟な認識上の問題」と呼ぶこのような考え方は、社会や高齢者自身にとって不健康な加齢のイメージを作りかねない。こうしたイメージが先導役を果たし、社会をイメージ通りに導くことも少なくない。[ii] このような間違った、社会に有害なステレオタイプ的な見方は、徹底的に改めなくてはならない。「高齢者と病弱者を混同視する傾向が続いている」。[iii] 加齢を、上述した種々のネガティブな特質と結びつけることがいかに間違っているか、最近の研究が証明している。[iv] しかし、高齢に対するこうした比喩やイメージは、私達が改善しようとしているまさにその情況を、この先も根強く後押ししていく力となっている。[v] いわゆる第二の人生にさしかかった人々の今後の豊かで有意義な生活を、的確に伝えられるような、もっと優れた比喩やイメージの定着が求められる。

高齢と健康に関する最近の出版物やウェッブサイトを見ると、今日の社会に於ける加齢の実状が正しく把握され、肯定的な比喩やイメージでそれを伝えることの大切さが認識されていることが分かる。健康に加齢、前向きに加齢、実り豊かに加齢、精力的に加齢、上手な加齢、クリエーティブな加齢等、こうした新しいイメージが続々加わっている。[vi] 加齢化に対する社会意識の見直しに芸術は重要な役割を果たしている。 この肯定的な意識変化はメテぃアにも現われている。AARPの隔月刊雑誌『Modern Maturity』や、最新の刊行物『My Generation』の表紙を飾る写真は、活動的でまだ退職していない50〜55才のベビーブーム世代の読者を惹きつけるように工夫されている。本文の記事や広告にも、加齢の新しい様相を活き活きと伝える写真が使われている。

日本でも、『家庭画報』 や『サライ』だどの雑誌は高齢者の健康と活動ぶりを強調しているニュース誌や新聞にも、高齢の読者の業績を伝える記事が掲載されている。PBSの「Stealing Time」など、テレビの特別番組でも、こうしためざましい加齢の情況を特集したものがある。高齢者の精力や挑戦力、その成果等を扱った映画も作られている。「生きる」「ドライビング・ミス・デージー」「ストレート・ストーリー」などだ。[vii] また身近な友人、知人の業績を見たり体験談を聞くなどして、高齢者の精力を示す何よりの証拠と受け止める人も多い。

第二の人生は第一のそれより活力に満ち、意義深く、経済的にも安定した、より長い期間と見る人がますます増えている。第二の人生の入り口に立つ人々は、新しいことに挑戦し、新しいリスクを追い、新しい友人を作り、知らなかった場所を見出そうという意欲に燃えている。こうした前向きな人々にとり、人生は引き続き、探索し、常に好奇心を持ち、新たに生まれ変わり、若返り、共に分かち合い、振り返ることもできる素晴らしい場となり得る。「第三の時代」の作者、サドラーは、80才になる師の言葉を引用している。「私達は段々老いていくのではない。成長を止めたときが老いなのだ。」[viii] この新高齢者世代は、60代、70代、80代以上と、数に於いても総人口に対する割合に於いても段々増加の傾向にある。私達はこうした高齢化を、その肯定的な傾向を認める新しい見方で捉えていきたい。加齢について、改めて考え定義し直す必要がある。人生の各段階に於ける既成の概念を、見直す時期に来ているのだ。例えば、調査によると、60代、70代の人の多くが、自分を高齢者というより中年と捉えているようだ。人生の節目となる他の代表的な年齢層でも、同様に、年齢層の定義を拡大解釈し、自分を若い方の年齢層に組み込んで考える傾向がある。[ix] 一方、加齢の過程を、人生の段階的発展の一ステージ、あるいは最終ステージとすら捉えず、成長という連続体の中で考える人が増えているかもしれない。更に、人生を、一生を通じて教育、仕事、余暇が繰り返し訪れる周期性のものとして見始めるかもしれない。

この新しい高齢者層は、これまでの業績を基に隠居生活に入り、家に籠もって静かに日々を送ろうとしているのではない。彼らが望んでいるのは、社会に貢献し、何らかの役割を果たすことである。そうすることが、彼らには充実感や生き甲斐に通じるのである。社会も、彼らをお荷物とか役立たずと感じるどころか、新しい社会組織の主要な生産力として、また最も貴重な人的資源、少しの無駄も許されない人的資源として、彼らに頼ることになる。しかし日本では、社会、政治、経済、教育各方面で時代遅れの政策を無神経にとり続けているため、この貴重な資源を利用できないでいる。もし現在、社会から締め出されているためにフルに貢献できないでいる人達(移民その他の外国人、障害者のレッテルを貼られた人、女性、退職者、高齢者)に社会参加を勧めることが出来たら、社会はどれほど豊かになることだろうか。

高齢者は豊かな経験や知恵の資源として、また、知識の宝庫、歴史の生き証人として、認識されるべきだ。若い人達ばかりか、50代にさしかかった中年層にも、前向きに生きる手本としてしっかり受け止めてもらいたいものだ。彼らの前向きの社会貢献は、広く認識され深く味わわれるべきである。欧米の高齢者問題の専門家の中には、老人を敬う儒教の伝統的な精神こそ、急速に進みつつある高齢化社会に於ける理想の姿勢だという者もある。現代の東アジアでも、昔ながらの家族制度が崩壊し、農村部から都会へと人口流出が進み、生活がいっそう管理され、仕事の形態が様変わりするにつれ、従来の敬老精神はどこかに消えてしまった感がある。高齢者に対するこの伝統的な姿勢を、もう一度見直してみたらどうだろうか。

「エイジ・ウエーブ」世代は、従来の高齢者世代と違い、より良く年を重ねるための教育を受け、それに関心を払ってきている。身近に溢れ出した加齢の明るいイメージや、また実際、前向きに年を重ねている人々の姿は、何が可能かを私達に教えてくれる。しかし、私達は、気をつけてじっくり観察し、加齢と保健に関する最新の研究や発見に注意を払う必要がある。自己管理が、差異を生み出す大きな因子となる。自己のヘルス・ケア及びセルフ・ケア(ダイエット、運動など)に努めることが、必須である。財政面のマネジメントも重要だし、自己の安全確保も大切である。何かを決めるのも、選択するのも、極力、自力で行う。このような基盤を築いた上で、次に自己充実(自己実現)の活動に移り、こうした活動がまた、自己に活力を与え自己を更に成長させることになる。[x] ランガーの注意力の研究やチクセントミハイのフロー体験喜び(気分ののり)の研究を見ると、意識の高さや分別ある決断(まず選択することが、決断の前提条件)が活き活きと豊かに加齢するための主要な2要素だということが分かる。[xi]

生活に対する満足感は、主として、現状に対する幸福感の度合いによって決まる。生活の質(Quality of Life)という概念は、定義づけや判定が、非常に難しい。住環境に於ける客観的な生活状態の他に、個人的及び主観的な幸福や満足も関わってくるからである。[xii] そして、新しい高齢者層が求めているのは、より高い生活の質なのである。年長者は、何が必要なのかを語り、また、いろいろな選択肢があるべきだと訴えている。何といっても、加齢は単純構造ではなく、多くの新しい面を包括しているものなのだ。人がみな違い、年の重ね方も多種多様であるように、加齢も人によって様々なのである。そして、今日、これまで述べてきたように、過去のどの時代より、見事に、はつらつと、ゆたかに加齢がなされているのだ。もちろん、これには環境が大きく関わっている。メレディス・バッジの生活の質に関する入念な定義付けは、この分野の諸論説の中で最も的を得ている。「生活の質とは、自己の生活管理を主導的に行い、自己の生活の全ての面に於いて自ら選択を行える権利を、各人が有するということである。環境もこれを育むものでなくてはならない。」[xiii] ジーン・コーエンも同意見だ。「21世紀に於ける加齢のための新しい環境を作る」ことを、彼はアメリカに求めている。

「もし、高齢者を才能と創造力の国民資産と見るなら、私達に求められるのは、この財産を開拓し社会に役立つものを引き出すことだ。公共政策その他に於いて、この意識に目覚め、ますます膨らみつつあるこの莫大な国民財産を最大限に活かそうという動きはまだ見られない。なるほど、どの社会でも懸命に、児童や青少年に教育や余暇活動の場を確保し、地域社会に住宅や事業を開発し、公衆保健や安全を整えることに気を配っている。しかし、中高年者のニーズや彼らの価値についてとなると、これほどの熱意で検討されることはほとんどない。まして、世代間の相互関係の観点から検討されることなどないのである。」

「国や公共団体の政策は、ゆっくりとしか変わらないが、それでも、多くの地域社会や、市場を動かす消費者達は、加齢の新しい環境に何とかそうした変化の跡を反映させようとしている。地方レベルの、種々の企画や計画は、高齢者の可能性を育み、そこから利益を引き出そうとする地域社会側の意欲的な反応を示している。高齢者の住民を想定した、多様で、幅広いオプションを基本として考えることで、住に於けるライフスタイルの選択肢が豊かになり出している。こうした、独創的なオプションの中には、independent living、最近急速に伸びている非常に多様な退職者用コミュニティ、assisted living 施設、継続ケア付き退職者用コミュニティそれに地域に自然な形で溶け込んだ退職者用コミュニティ、あるいはまた多くの退職者世代を惹きつける建築物などが含まれる。こうした居住用、あるいは休暇用のコミュニティは、退職者だけではなく、裕福な独身者や夫婦、子どものいる家族にも人気があるので、様々な世代が混じった昔ながらのコミュニティができつつあり、世代間の交流から好結果が期待できる。」[xiv]

 

 



 

[i] See Ken Dychtwald, “Wake-up Call: The 10 Physical, Social, Spiritual, Economic and Political Crises the Boomers Will Face as They Age in the 21st Century,” American Society on Aging Web Site

[ii] Ellen J. Langer, Mindfulness (Cambridge, Mass: Perseus Books, 1989)

[iii] Langer, Mindfulness, p. 92; nor does old age necessarily mean dementia.

[iv] For example, see John W. Rowe and Robert L. Kahn, Successful Aging  (New York: Dell Publishing, 1999), Chapter 0ne, “Breaking Down the Myths of Aging,” pp. 11-35.

[v] See Featherstone and Hepworth, “Images of Aging,” Encyclopedia of Gerontology, Vol. 1; also Gary M. Kenyon, James E. Birren, Johannes J.F. Schoots, eds.,  Metaphors of Aging in Sciences and the Humanities  (New York: Springer Publishing Company, 1991)

[vi] Here are some references.

Successful Aging: John W. Rowe and Robert L. Kahn, Successful Aging

(New York: Dell Publishing, 1998.

Healthy Aging: “Healthy Aging-SUITE101.com”

 Web site:  http://www.suite101.com/welcome.cfm/healthy_aging

Active Aging: Active Aging Resource Guide

          web site:  http://www.mid-eastaaa.org/guide.html#arts

Productive Aging: John Alexander Buchanan McLeish)

The Ulyssean Adult : Creativity in the Middle and Later Years

(Toronto: McGraw Hill, 1976)

Vital Aging: “Vital Aging” 

web site: www.ncoa.org/) 

Creative Aging:  Carolyn E. Adams-Price, ed. Creativity  and Successful

Aging: Theoretical and Empirical  Approaches ,  (New York: Spring

Publishing Company, 1998).

[vii] To live (Ikiru), 1960,  Dir. Akira Kurosawa, Driving Miss Daisy, 1989. Dir. Bruce Beresford,  The Straight Story, 1999,  Dir. David Lync. Also see, Robert E. Yahnke, “Intergeneration and Regeneration: The Meaning of Old Age in Films and Videos,” pp. 293323, In Thomas R. Cole, Robert Kastenbaum, Ruth E. Ray, editors, Handbook of the Humanities and Aging, Second Edition. New York: Springer Publishing Company, 2000.

[viii] William Sadler, The Third Age: 6 Principles of Growth and Renewal after Forty (Cambridge, Ma: Perseus Books, 2000),  p. 19.

[ix] See Ken Dychtwald, “Wake-up Call: The 10 Physical, Social, Spiritual, Economic and Political Crises the Boomers Will Face as They Age in the 21st Century,” American Society on Aging Web Site.  Url: www.asaging.org/am/cia/dychtwald.html

[x] 10See Maslow’s definition of the hierarchy of needs:  survival, maintenance, enhancement;  Abraham Maslow, Motivation and personality.  (New York: Harper, 1954); also “Maslow’s Hierarchy of Needs” Web Page url: http://chiron.valdosta.edu/whuitt/col/regsys/maslow.html

(Web Site: Educational Psychology Interactive, Bill Huitt's Home Page );

Also Schwarz & Brent, AAA, p. 111

[xi] See Langer, Mindfulness  and Mihaly Csikszentmihalyi, Flow: The Psychology of Optimal Experience  (New York: Harper & Row, Publishers, 1990).

[xii] Certainly a person’s QOL encompasses physical well-being, social concerns, psychological well-being and spiritual well-being. See Web Site: “Notes on ‘Quality of Life;’” URL: www.soc.titech.ac.jp/uem/qol-define.html

[xiii] Meredith Budge, A Wealth of Experience: A Guide to Activities for Older People, 2nd Edition (Sydney: Maclennan + Petty, 1999), p. 5  

[xiv] quoted from G Cohen, with bracketed sections added by author; Gene D. Cohen, The Creative Age: Awakening Human Potential in the Second Half of Life  (New York: Avon Books, 2000), pp. 305-306.


『老人施設の「生活の質」と芸術の役割』