第9章

高齢社会における癒しのアートと東洋医学-EBMからNBMへ-

無敵剛介 MUTEKI Takesuke

 

 

1.現代医学・医療の本質論と東洋医学

 高齢少子化が深刻化する現代社会において、国民が納得し満足する医療を展開させるためには、EBM時代から、Narrative-based Medicine(1)へと医術を進展させなければならない。もちろん、informed consentのプロセスが不可欠の条件となる。また医療者自身も患者の生活史に深く介入する積極性が許容されるべきと考える。しかも理想的には、患者に提供されるべき医術情報は最新で、より科学的内容のものでなければならないのと同時にその適正な採択性(2)も考慮されねばならないのは当然であり、その内容の分析評価も必要不可欠である。

 しかし、最新の医療医術情報は月約100編の文献を読破せねばならない程の情報量であり、しかもその内容に極めて深い理解力が必要となる。

 このような条件の克服にはIT技術を最大限に生かすようにしても、今後更に増加し続ける情報量には充分対応できないばかりでなく、先ず現実的ではなく、同次元の挑戦に終始することになり、新しいものを生み出す可能性は少ない。そこでもっと医療の本質に迫る基本的実践態度(3)が要求されるのである。こういった要求の時、伝統医学に潜在的な理論と経験を求めて、常に歴史的背景を考察しての古典的探究が要求される。

 ではとりあえず、何が医療の本質なのかを考えるとき先ず東洋医学的古典である陰陽五行論の理論体系を背景とする黄帝内経、金匱要略、神農本草経、傷寒雑病論などにその原典を求め、「未病治」という医療の基本理念に想いを致し、現代医療の本質的問題の探求を行うことが必要である。今、医療の本質論が述べられるとき、その治療成果の中にとくに近年QOL改善効果が強調されるようになり、その効果促進に「自然治癒力」の働きがまた強調されるようになった。

 そもそも、「自然治癒力」とは何かを考えるとき、その概念は古く、ギリシャ医学の最高峰ヒポクラテス(BC455~375)は、健康に復そうとする自然の力をphysis(4)として意義づけている。それは医術に反応するものでなくて、患者自らが堅持している自然治癒を促す広義の免疫能力と考えられるが決して同一のものではないことが、最近の癌患者の免疫学的研究(5)によって確かめられている。黄帝内経の思想源流となった陰陽五行論は中国春秋戦国時代以前のことであり(6)(7)、我が国では新石器・縄文式時代にあたる。このように長い歴史を持つ、「自然治癒力」は、人としての患者でなく、患者が発する病態像そのものを対象とする西洋医学の進歩により、その研究も未だ体質的に行われないまま現代に至っている。そして西洋医学においてもその臨床的意義が新しく見直され、とくに前世紀末より治療効果の新しい概念として、QOL向上効果の重要性が指摘されるようになった。すなわち、QOLと密接に関連する自然治癒力の重要性が再び蘇り、QOLの向上は自然治癒力の増強を基盤とする理念が、とくに西洋医学的治療効果を認知す

 

 

る上で重要な要素とみなされるに至っている。しかしながら、自然治癒力の科学性について未だ積極的研究の成果はみられていない。それは西洋医学・医療の対象となる病態の構造的問題であり、いつの間にか患者の心を離れ、病態構造そのものに捉われ、患者の自己決定権を忘れてしまったことによるものと解されるのである。すなわち、このように患者をその中心に配置しない医療構造の中には、EBMは生まれてもNBMは、元来生じないのである(8)(9)(10)。これが西洋医学医療の本質論であり、西洋医学が如何に進歩しても決して患者の心を捉える「癒し」の真髄に到達することが出来ないのである。茲において患者を中心に置く東洋医学的診断構造の重要性が改めて認識されるのであり、「証」と「症」の本質的相違も理解できるのであって、本質的NBMは少なくとも患者を離れた「症」からは生まれず、患者に密着する東洋医学的「証」から生まれるのである。

 すなわち遺伝子多型診断医学(11)の到来により近代医学医療の実態は、先端型医療の推進により、益々患者から離れた病態へのより直接的効果の先鋭化の傾向を見るようになり、疾病優先のあまり患者傍観の謗を受けるのは当然の成り行きであって、薬害や医療過誤など物質文明社会の弊害も加わって、多くの難治性慢性疾患を生じることとなったものと考える。生活習慣病や癌患者などの合病率や死亡率もむしろこの半世紀の間に急速に増加傾向を来している。この医療効果の実態はQOL向上などの医療の本質を離れ、「患者へ」ではなく病気への科学進歩の直接的効果に眩惑されてしまった感がある。因みにスブラーマニアン・チャンドラセカールは、科学における美の役割について言及し、科学研究の真髄と方向性について記述している(12)

 

            2.医療の視点を変えるNBMと東洋医学

             そこで、近年「病気でなく病人を診よ」という医療の本質を忘れてしまったとする反省から「語り」の現代医療の現場に東洋医学の「証」の概念が導入され、「証」が理解できなければ少なくとも「和漢薬」は患者に適正に処方できないとする観点から、日本では2000年時代から医学部教育のCore Curriculumに東洋医学(和漢薬)をとりあえず導入し、東洋医学的「証」の教育が正式に明治16年の医制改革以来、日本の医学教育界にやっと導入されることとなったのである(13)。「証」への理解は患者に密着した、また臓腑機能を具現するところの患者自身から発せられるものとして得られるもので、西洋医学的「症」とは本質的に異なるものである。要するに「証」は画像診断や血液検査などの客観的情報をいくら眺めても患者を看なければ得られない情報なのである。すなわち、患者が発散する生きた情報から内部情報まで詳さに東洋医学的「四診法」によってのみ得られるのが理想的「証」なのである。しかし、東洋医学的「証」には西洋医学的「症」に比べ、他覚的病態構造の確認が容易でなく、これまで科学的エビデンスが乏しく、その抽出は近代医療としての東洋医学医療の今後の課題とされるところである。そこで、これまでの視点を変え患者との医療面接(9)(10)でのnarrativeの要素を抽出することはむしろ東洋医学的視点からは容易であり、患者を中心とした東洋医学的診療構造にむしろエビデンスが豊富に抽出されることになると考えられる。したがって、NBMは東洋医学のEBM化を推進するものであると考えられる。

 

3.東洋医学的NBMからアートとしての近代西洋医学的EBMへの

  理想的展開

             元来、東洋医学はnarrativeな要素が多く、NBMはむしろ東洋医学的発想であると考えることができる。すなわち患者を離れたEBMは成立してもNBMは成立しないからである。EBMを背景とするNBMがまた同時にNBMを背景とそるEBMが理想的医療構造の構築理念である。東洋医学的には、合病と考えられる複雑な多次元的病態像を有する生活習慣病は近年若年層に蔓延し、生活習慣の改善が現代プライマリケア医学における健康長寿の基本的対応であり、患者各個人の生活習慣に医療関係者のより直接的介入が、生活習慣病の有病率の低下を来す改善効果に対するEvidenceが発見された(14)。このEBM臨床研究は、患者およびその生活・社会環境そして資源を利用してのNBMにより始めて達成されたのである。そこで、地域医療行政・介護・社会福祉領域おける患者と医師とが肝胆相照らす共同作業が行われる、いわゆる生活密着型医療の積極的展開が現代医療の主流として、再認識されねばならず、その理解を確実に推し進める基本的理念は、NBMを構築するコミュニティプライマリ・ケアであり東洋医学の社会的思想そのものである。この理念に則って始めて、EBM時代からNBMへの発想の理想的転換が行われると考えている。

             すなわち、Evidenceのみを求めるEBM時代は過ぎ、医師と患者は医術をめぐって家族、友人、社会環境、社会資源と共に学び、論議し合う(物語り-narrative)NBM時代を迎え、知的健康開発に東洋医学の魅力ある膨大な知識を大いに活用すべき時代、すなわちmultiple intellegency(15)を考える時代の到来と考えている。

             日本医学会設立100周年を記念し、2003年4月第26回日本医学会総会かつ現代医療の現実と期待の間の「納得の医療」をテーマとして、福岡市で開催されNBM時代を象徴する学術総会となった。

             人間としての感性を磨く新しい時代の医師としてEBMからNBMへ、そしてNBMからEBMへの輪廻の中で、自己点検・自己評価を行う診療行為は、むしろ人である患者と接する上での基盤であり、病気を客観的に追及する西洋医学を超えて、病人を看る東洋医学の役割を再認識する必要性が強調されるのである。

今春、福岡市で開催された第26回日本医学会総会が、日本医学会創立100周年を記念して「21世紀を拓く医学と医療-信頼と豊かさを求めて-」とする人間科学日本から世界への福岡宣言を行った。すなわち、

@心を持った人間を見失うことのない生命の尊重と個人の尊厳に基づく患者中心の医療

A国民・患者の医療への積極的参加

B医療の透明性と説明責任を果す医師の役割と生涯研修

Cチーム医療の実現・医療機関の機能分担と連携、かかりつけ医の効率的組織運営

D医療提供者と国民・患者のための共通資本である国民皆得保険制度の維持・発展につとめるの5項目をあげてあくまで患者・国民中心の医療への提言を行っている。

 この提言は近代医学・医療の社会福祉学的展開を示すものであり、本研究テーマである高齢社会における芸術の哲学的理念が医療に現実的役割を果たすべき局面を示している。

 

4.健康日本21と東洋医学的NBM

             世界最古の文明の一つ、黄河文明が展開されたのは紀元前5000年頃(BC5000~BC4000)とされ、考古学上新石器時代にあたる。中国古代史の原典司馬遷「史記」では、最初の王朝とされている「夏」でなく、黄帝の即位(BC3000)をもって中国の国家起源としている。この時代における「自然治癒力」の概念は、現代医学の病原論を超えるものであり、「養生」や「未病治」の概念と共に紀元前3000年のエジプト最高の医神イムホテプ、ギリシャ医神ヒギェイアなどの古代エジプト時代における中国医学の最古の文献に見られ、新石器時代から縄文式時代前期とされる(6)(7)。これらの概念は、東洋医学的「気」の存在の認知によりその客観性が理解される。著者の研究により古典的12経絡(12正経)の最も重要なツボ(原穴ほか)を測定点とする中谷の良導点を利用し、その測定法を高齢者っでむしろ高値となる。経絡の電気的抵抗性を掌中電極と良導点との間に定電流(10μA)維持回路を設置して、電気的安全性と忠実性に豊む新しい測定法が確立された(16)(17)

             本装置により「気・血」の流通路である12正経の電気的抵抗値の分布がレーダーチャート上に図示され、特定のパターン変化として人体体表上の経絡経穴電気的抵抗値の分布図が識見できるようになった。この分布図により健康状態および病態の客観化が実現した。したがって、この「気・血」経脈流の電気抵抗測定値分布図は1日24時間帯の中での特定時点(測定時点)の健康状態として表示し、患者の場合にはその病気診断の一助となる可能性があり、東洋医学的治療(漢方および鍼)の適応性が検討できるばかりでなく、EBMよりNBMへの新しい医療の実践的活動を促す役割を果たしている。

             新しい医療の展開は、医師と患者との間の緊密な関係の動機づけによって始まり、そして推進されると考えられ、Evidenceを求めてのEBMが極めて重要なプロセスであったのが、最近Evidence、事象の動機づけに「物語り」が行動学的医療のプロセスとして加えられるようになり、患者と医師の間の関係の個別的医療社会への導入が意識的に円滑に行われるようになったと思われる。すなわち、NBMの考え方の基盤として社会構築主義が存在するのであって、決してEBMの普遍化、普及を目的とするのではないことを確認すべきと考えている。

             すなわち、「健康日本21」(18)の推進運動の目的とするところとNBMの発想は、その創造性においてお互いに合目的であり、またアートとしての健康開発および医療を啓発するものである。

 

5.生命倫理と高齢社会におけるNBM

             最善の医療を患者のために尽すという目的を果すための努力は歴史的には生命倫理の出発点とされる第2次世界大戦直後のニュールンベルグ裁判に遡る。すなわち、残虐な人体実験に対する厳しい反省を鋼領化した「ニュールンベルグ鋼領1946年」とそれを受けて、世界医師会が提唱したヘルシンキ宣言1964年によって、医療の進歩のためには、人体実験は必要なことを認めた上で、被検者(患者)の利益を科学社会に対する寄与より優先すべきであるとの原則が提携されたことに始まると考えられ(19)、1950年代医療が大病院中心化の傾向によって、家庭医中心の時代の患者と医師との関係が疎遠化し、一方患者の意識も人材や社会資源そして自己満足の思想が抬頭してきたのである。

             しかし、医療の現場で患者と医師の関係がはっきり問題視され始めたのは、1950年代末頃でしかも南部における黒人など人種差別問題改善とも関連した人権問題にこの問題の発端があると考えるのは、筆者が1954年米国に麻酔科医師として留学していた頃のテキサス州は未だ人種差別顕著で、その実態を体験したことによるものである。当時は米国においても、医師の絶対的権威に従ってきたと思われるような患者にとって、あらゆる医療はすべて医師まかせの時代であった。しかし、医療現場の実態は患者の医師への信頼に基づくテーラー・メイドの医療であったのであるが、やがて患者の同意をめぐる裁判の増加をみるようになり、1960年代まで続いたのである。

             1970年代になり、ベトナム戦争が契機となり社会的人間関係が改めて問い直され、人間科学や医療人類学の社会医療学の発達と共に患者と医師の関係(医療文化圏)も見直されることになり、1972年にはアメリカ病院協会の患者の権利章典を定め、その中で患者の知る権利や充分な情報を受けた上での同意に基づく治療が原則として確立されたのである。

 そして、1981年には、ポルトガルで開かれた第34回世界医師会総会で「患者の権利に関するリスボン宣言」が採択されたのである。

             しかし、医療の現場では、パターナリズム的な要素をなくしてしまうことは不可能なのである。それは医学・医療の専門性も高度化した医療文化圏の中に入る患者は本来門外漢であり、外国語の分からぬ異邦人的存在だとする考えもある。すなわち、患者とは本質的にパトス(受動、受苦)的存在なのである。したがって、医師は医療の専門家である前に一人の人間としての患者の抱える苦しみや痛みを他人事と思わない共感性が、先ず必要なのであってそこから本質的NBMは始まるのである。

 

6.健康長寿と癒しのアート

             日本における超高齢社会は、疫学的にも医療人類学的にも世界に類をみない特異性が認められる。すなわち、先ず高齢化進展の急速性である。わずか半世紀の間に平均寿命50歳から80歳まで延長してしまったことである。急速な高齢化と世界グローバル化とが日本国民に多様な戸惑いを見せている(20)。しかし一方、80歳以上の高齢者の割合が27%を越えたのは、フランス1961年、イギリス62年、スウェーデン63年、ドイツ、アメリカ73年、に対し日本は87年と大きく遅れていることに気づくべきである。日本人の健康問題も新しい感染症や生活習慣病の蔓延により、自然治癒力を助長する正しい健康法を推進する方向とは違った様相を呈してきている。その結果と考えられる日本人の免疫力低下が見られ種々の難治アレルギー疾患を代表とする免疫疾患、新しい病原体による感染症、更にすでに制圧済みと思われた感染症の再流行など病態像の新局面を見せている。この問題に対し、極度の清潔志向や抗生剤の乱用が指摘され(21)、益々複雑化する多次元の環境破壊の影響もさることながら、また様々の健康チェック法によって種々の健康食品の乱用を来すなど健康長寿への正しい思考がなされていないのが実状である。

             因みに日本人は、世界最高の長寿化を達成しているが、反面、痴呆化も最高であり、厚生白書によれば2025年には痴呆を含む寝たきり高齢者が230万人に達すると推定され、要介護者530万人の43.3%にも達し、要介護の痴呆性高齢者は40万人に上ると推定されている。2000年の日本人の痴呆高齢者は160万人であり、2015年262万人、2025年313万人と激増の見込みである(国立精神神経センター推計)。痴呆発生率に関する国際的調査では、日本では65歳以上の男性55%、女性66%が早晩痴呆になり、85歳以上の男性の15分の1、女性の10分の1が毎年痴呆化するとされているのである。

             一方、厚生省高齢者保険課調査では65歳以上の長期ケア施設入所者の中で、寝たきり高齢者は日本では33.8%に対し、米国では6.5%、スウェーデンは4.2%であり、日本人の寝たきり高齢者の病因は脳卒中が38.7%で骨折がこれに次ぐが、英国では36%が関節炎、27%が心疾患、17%が肺疾患とされており、これらの調査結果から日本人の痴呆を来す第一病因としての脳血管障害を積極的に防ぐことの重要性が窺えるのである。

             しがたって、生活習慣病としての動脈硬化症を背景とする病態の解析が、医療人類学的見地からも推し進められる必要があり、遺伝子多型学的追究もすでに行われている(22)

 

7.癒しの芸術性

 癒しの感覚的デザインとしてのアートは、ギリシャ医学の最高峰ヒポクラテスのテクネー(癒しの術)に由来する。すなわちテクネーとアートは元来同じものであったと哲学者・中村雄二郎は述べている(23)

             近年、介護・福祉領域での芸術性が強く意識されるようになった。元来、前述の如くアートとテクネーとが同一語源とみると、「癒し」には芸術的表現をもつ精神・心理・心身医学的療法理論があり、診断学的段階では表現、病態、構造学的側面がある。そして、治療や療法のレベルでは最近のCAM(Complementary and alternative Medicine)の一つである芸術療法としての考え方もあるが、筆者は「癒し」への芸術性にはむしろ哲学的な内容を考えたい。すなわち、哲学的表現を通じて感性の覚醒(中村雄二郎)(24)、意識の拡張(ニューマンM.)(25)、更にデカルトの心身相関の座である松果体機能の増感作用により、人間性を回復し東洋医学的自然治癒力を促進し、QOL効果をたかめる実践的内容をもつ芸術性を考えている。 

             IT時代を迎え今後の研究活動を想定すると、EBMからNBM(26)への効率的実践行動を推進するには、優れた「エビデンス」として解析・評価された雑誌やデータベースの適正な検索が必要とされる。

             NBMではEBMにおける患者の問題の明確化を医師側の問題、更に病態診断や治療面のみでなく医療環境の世界に拡大し、問題点の分析と明確化が行われる。また更に、医療経済、社会資源的要因や患者の生活歴などの分析を必要とする。

            EBMに必要な@research evidence Aclinical circumstances Bpatient value の三つの要素の外にNBMでは、Cdoctor value Dlife-style analysis Etelling Fliterary が加わる。

@およびAのデータベース検索には、IT技術を用いてACP Journal Club, Evidence-based Medicine やFACT(Focus on Alternative and Complementary Therapies), PubMed, PubMed on CAMが用いられているが、未だ日本におけるデータベースはシーソラスが未発達な上にpublication typeのフィールドもないなど多くの課題が残されている。 しがたって、NBMにおいてもEBMレベルで得られる情報の真の値、バラツキ、バイアスの三つの要素が東洋医学的研究には極めて困難な吟味作業となる。

 すなわち、先ず実験2群の背景因子のバランスをとることが極めて困難であり、観察研究にも客観性に乏しく主観的・心理的介入を避けることは、西洋医学的内容と異なり極めて困難である。また統計学的解析の段階でもITT解析やFAS analysisに至っても問題が多い。

 一方、「癒し」の芸術性の役割を東洋医学的に研究する段階において、コクラン共同研究を計画する際、ヘルスケアの介入の有効性を先ず検討するための系統的レビュー検索により、アクセス性をたかめることで人々のヘルスケアに関する合理的意思決定を援助する国際的プロジェクトを利用できる可能性がある。すなわちJANCOCが1994年に設立されており、データベースとしてCDSRとCCTR/CENTRALがある。またコクランフィールドとして、コクランライブラリーがあり現在すでにCDSRには東洋医学的介入に対するシステマティック・レビューが40、プロトコルが38存在する(27)が、東洋医学的ヘルスケアへの芸術性の役割に関する項目は見出されていないことから、EBMからNBMへの近代医療への東洋医学的役割を介する「癒し」に対する芸術性の研究は、今後果されるべき極めて重要なコクラン共同計画による研究テーマと考えている。

 

8.結  語

             癒しのアートには哲学的要素を含むことを述べたが、加えてその歴史学的要因が、「癒し」の医療環境の世界観からの形状的要素の切り取りによって、時代感覚の下に現実化する。

             一方、「癒し」には技術能(テクネー)が秘めれており、元来同一語源とされるアート(芸術性)は、むしろその時代に適応した人間科学的に富む現実的テクネーを抽出し進歩・発展させる要素とみることが出来る。またテクネーとアートは同調的感応性に富み、共鳴現象として集合的記憶と想像力をもたらし、現代医療の世界での近代的「癒し」の技術的・哲学的内容の永続的進歩を促すものと考える。

             結語として、癒しのアートと東洋医学との関係はこれまで等閑視されてきた患者の物語り的narrativeな要素に対する東洋医学的感性の増感作用により、近代医学医療の進歩をもたらすことにつき解説した。すなわち「テクネー」と「アート」とが感応的同調を来す可能性を共鳴現象として捉えることで、医療の現場におけるEBMからNBMへの文化的実践行動の実現を来す可能性につき論議した。

               

【文  献】

1.    Greenhalph T. 編集 Narrative based Medicine narrative based medicine in an evidence based world . BMJ発行1998; 318: 323-325.

2.    楠岡英男:EBM時代の臨床判断 日本医事新報 2002; 4087: 16-20.

3.    中村雄二郎:経験・実践と技術を顧みる。臨床の知とは何か。岩波新書; 1995.  p.60-77.

4.    小川鼎三:古代の医学. 医学の歴史. 中央公論社; 1964. p.3-34.

5.    久保千春:Personal Communication ; 2003.

6.    小曽戸洋:「黄帝内経」と陰陽御陵説. 漢方の歴史 大修館書店; 1991. p.47-68.

7.    寺田隆信:史記が記す國家起源. 物語中国の歴史-文明史的序設. 中央公論

新社刊; 1999. p.3-8.

8.    河合隼雄・斉藤清二(対談)「Narrative Based Medicine」医学界新聞 医学書院2000; 2409: Oct23.

9.    野口裕二他:ナラティヴ・セラピーの世界-サイコセラピーのポストモダン- 日本評論社; 1999. 

10.  鷲田清一・中木高夫・藤崎郁・野口裕二(座談会)「聴くこと・語ること」医学界新聞 医学書院 2000; 2391: June12. 

11.  Child F. Lenneyw, Clayton S. Davies S., Jones PW. Strange RC, Fryer AA : Correction of bronchial challenge data for age and size may effect the results of genetic association studies in children. Pediatric allergy immunol 2003; 14:193-200.

12.  Subramanyan Chandrasekhar in Truth and Beauty: Aetheics and Motivations in Science (Chicago: Universit  of Chicago Press, 1980, and Bulletin of  American Academy of Arts and Science 1989; 43: 14.

13.  寺澤捷年・相磯貞和・佐藤祐造・柴原直利 医学教育モデル・コア・カリキュラムと「和漢薬を概説できる」日経メディカル2003; 5:12-23.

14.  小坂樹徳:生活習慣介入による2型糖尿病の一次予防に向けて 日本医事新報

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15.  Gardner H. : The theory of multiple intelligence  In: Intelligence reframed  New York : A Member of the Perseus Books Group; 1999. p.27-46.

16.  無敵剛介・周偉:保健福祉介護領域における良導絡医学・医療の役割 日本良導絡自律神経学会雑誌 2001; 46:181-187.

17.  無敵剛介・周偉 他:医療・保健福祉領域における新しい東洋医学診断法に関する研究 九州保健福祉大学研究紀要4, 2003; 199-208.

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19.  中村雄二郎:説明と同意の問題臨床の知とは何か 岩波新書; 1995. 2. p.195-211

20.  折茂 肇:OECD Health data. 日医雑誌 2003; 129(9): 1479.

21.  藤田紘一郎:日本人の家畜化現象 原始人の健康学新潮選書; 2000. Pp. 51-98.

22.  Hunt SC, Ellison RC, Atwood LD, Pankow JS, Province MA, Leppert MF: Genome scans for blood pressure and hypertension: the National Heart, Lung, and Blood Institute Family Heart Study. Hypertension.2002; 40(1):1-6.

23.  中村雄二郎:正念場-不易と流行の間で- 岩波新書; 1999.

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25.  ニューマン.M.A:拡張する意識の基礎にある理論(第3章)看護論 医学書院; 1995. p.27-41.

26.  Walkers K, et al: Teaching as therapy: cross sectional and qualitative evaluation of patients experiences of undergraduate psychiatry teaching in the community: Brit Med J 2003: 326: 740-743.

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The Man Who Mistook His Wife for a Hat: And Other Clinical Tales

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『老人施設の「生活の質」と芸術の役割』